贈り物
上の歯も下の歯もほとんどメチャメチャ・・・・・・・。
一体どうしましょうと思ってしまうKさんが来られました。
御年71歳。付き添いの方に支えられ、ヨロヨロです。
そして、やけっぱち、捨てバチに、
「わたしゃ、どうでもいいんだよ。
でも息子たちがうるさくってさ。とりあえずここに行けというからきたのさ」
間合いを計ったかのように、その息子さんのお嫁さんから電話が入りました。
「とにかく入れ歯を入れてください。
そのままじゃあ、みっともないのでお願いします。
何か失礼なことを言ったり、したりしたらお電話をください。
よろしくお願いします」
「ハイ、わかりました」
どうも口だけは達者な方のようです。
「今、息子さんのお嫁さんから心配の電話が入りましたよ。
お優しい方々ですね」
「知るかい!人のことより、自分のことでも心配してな!」
「そんな事おっしゃらずに・・・・・・。
ところで入れ歯はどうしましたか?」
「捨てたよ」
「どこに?」
「忘れた!」
「では、まず急いで<とりあえず入れ歯>を作ります。
10歳は若くなりますよ。
それでしばらく我慢していただいて、お口の中が落ち着いて、
傷が治ったら、改めてちゃんとした入れ歯を作りましょう。
そうすると、さらに10歳は若く、美しくなりますよ」
「そんなに若くなってどうするんだい?」
「付き添いなしにお出かけをしたり、デートでも楽しめるじゃあないですか」
「それもそうだね」
それから3ヶ月が過ぎました。
ボロボロの歯は抜き終わり、<とりあえず入れ歯>も落ち着きました。
途中、滑った転んだで、顔に青アザを作ったり、ネンザしたりと、何かと大仰でしたが、
最初の頃のパジャマの上にセーター姿のKさんは、
最近モダンな帽子にジャケットとスラックスという出で立ちになり、
確実に10歳は若くなりました。
「あーら、今日も素敵ですね」
「何言ってんだい、そこら辺にあったのさ!」
「そこら辺にそんなにいいものがあるなんて、幸せですね」
「若いのには内緒だよ。うるさくってさ」
「何がですか?」
「なんでもないよ」
「ところで来週から私はハワイへ行きますが、何かお土産でも買ってきましょうか?」
「そうだね。美味しいマカデミアンチョコだったりしてね」
「わかりました。忘れないようにしましょう」
私はハワイからの帰りの空港で、忘れそうになったチョコを走りながら買い戻り、
飛行機に飛び乗りました。
10日ぶりにKさんが来院されましたので、お渡しすると、
「あら、いやだね。本気にしてたんだ」
「ええ。でもほんの少しですみません」
そして、今日、私は彼女から大きな紙袋をいただきました。
中には花柄・シマ柄の<ぞうきん>がいっぱい入ってます。
「エ~どうしたのですか、この<ぞうきん>は?」
「私が縫ったんだよ。チョコのお返しだよ。息子たちには内緒だよ。
勝手なことをしたと言って、怒られるからね」
「何が勝手なものですか。こんなに素敵なお返しは初めてです」
「そうだろう。それに全部新品のタオルだよ。
ちょうど、このくらいの厚さが一番使いやすいんだから。
でも手が悪いからあまりうまく縫えなくて・・・・・。
そんなにジロジロ見ないでおくれ!」
ちなみに息子さんは実業家で大金持ちです。
でも息子さんは息子さん、KさんはKさんなのです。
「歯医者へ来るのが楽しいなんて、変なもんだね」
とつぶやきながら照れ笑いを浮かべて、トットと帰ろうとする彼女の後姿には、
もう付き添いの必要など微塵もありませんでした。
私はKさんが最初から大好きでしたが、今日はもっともっと好きになりました。
必ずいい入れ歯をお作りして、早く10歳若くしてさしあげたいものだと改めて思ったのです。
人さまに贈物をする時は、本当に悩むものです。
私はどうしたら相手がびっくりしたり、喜んでくださるかを考えて
選ぶように心がけています。
犬を飼っておられる方には、その犬種のハンカチ、レターセット、
カップなどばかりを集めてセットにしたり、
旅行先で撮った写真を贈る時は、その中で特に素敵なものを額に入れてさしあげたり...
そして、花束を贈る時は、相手に似合う色を考えて、必ず自分で花をチョイスします。
先日、私は赤い色の花ばかりを集めた情熱的な花束をいただきました。
誰からいただいたかは、むろん内緒です。
すごく嬉しくて、そのままドライフラワーにしています。
やはり贈物の一番は花束ですね。