天ママStyle vol.66 歯医者と破壊者
先ほど、71歳の女性の患者さんが帰って行かれました。
その後姿を悔しい想いで送り出した、今の私の想いをお伝えしましょう。
彼女は初診の患者さんでしたが、彼女にはかかりつけの歯科医院があるようですが、口が渇き、舌が痛くて、そのかかりつけ医に相談しても解決しなかったので、当院に来られたようです。
そこでお口の中を拝見させていただくと、特別唾液が少ない感はありません。
レントゲンを撮り、カガミを持っていただき、次のように問いかけました。
「いつも、お口を開けていらっしゃいますか?」
「そういえば、そうですね」
「開けたままだと、唾液の流れが悪くなり、特に前歯の歯周病が進みますよ。
このままだとグラグラになり、抜け落ちてしまうかもしれませんが…」
「アラ、歯周病はいつもの歯医者さんで治療していただいていますよ」
「どのような治療を受けられていますか?」
「ホラ、歯石を取るっていうのですか…」
「ハイ、大事な事ですね。
その他に歯ブラシの使い方などはどうされていますか?」
「あぁ、ちょっとね。
それより、このネバネバ感は治るんですか?
治らないのですか?」
「治りますが…薬で治すというものではありませんよ。
キャンディーのようなもので、唾液を出しやすくするものはありますが、根本的な治療にはなりませんので、まず歯周病対策をしなくてはいけませんね」
「じゃあ、結構です」
「いえいえ、大事な事ですよ。
それにインプラントも入っているのですから…」
「このインプラントはやったばかりで、治療は終わっているので、いいです」
「?!……?!」
この患者さんは自らチェアーを降りられ、帰って行かれました。
この方には申し上げておりませんが、そのやったばかりのインプラントはご自身の歯に連結されてブリッジになっています。
前歯の裏側はポケットが測れない位、歯根部が露出し、そこにプラークがこんもり、もちろん、口腔内全体が汚れています。
私の歯科医師としての常識からは、インプラントと自家歯との連結ブリッジは禁忌のはず!
ましてや重度の歯周病の方にはインプラントさえも禁忌のはずですが…
私の埼玉の診療所のまわりにも、例外なく歯科医院が増えました。
当医院の患者さんの多くが、その増えた歯科医院に取られたかもしれませんが、そこから新たに来られる患者さんが多いのも事実です。
歯学部を卒業し、義歯の大家の「河邊清治臨床教室」に通わせていただいている時、河邊先生がよく「いいか、歯医者になれ!破壊者にはなるな!」と言ってくださっていましたが、歯医者として卒業した私には意味が分かりませんでした。
「この方は何を言っておられるのか。みんな歯医者の免許を取ったのであって、破壊者になんてなるはずがない!」とタカをくくっていました。
ところが年月が流れ、臨床家として勉強を重ねてきた今だからこそ気付いた事ですが、知らないうちに破壊者になっている歯医者が多い事に気付き、その現状に驚愕しています。
(私自身、昔の治療に反省することしきりです)
歯科医師会は”高齢者の口腔ケアこそが、歯科医に開かれた道云々”とうたっていますが、その高齢者の口腔は歯医者ではなくて、破壊者による治療の成れの果てだという事に気付いてはおられません。
計画性のある、もっとしっかりとした治療を施し、口腔衛生管理を徹底しておけば、高齢者の口腔状態の現状にアクセクすることはなかったはずです。
つまり【1つのお口で2度美味しい】という事なのでしょうか。
情けない話ですが、保険治療の成れの果て、破壊者治療の成れの果てという現実を私達歯科医師は自戒すべきだと思います。
と、いうことで、複雑な気分になり落ち込んでおりました。
その71歳の患者さんの次に、立て続けに長年のお付き合いの患者さんが来院されました。
「先生、ありがとうございます。なんでも食べられます。長生きは先生のおかげです…先生も長生きしてくださいよ!」
(ありがとう
ありがとう
ありがとうございます)
これからもいい仕事をしていきます。
こちらこそ…涙が出るほど、うれしいです。